【視点】沖縄と被爆地、ともに平和希求

 1945年8月6日、広島に原爆が投下されてから75年経過し、広島市では平和記念式典が営まれた。
 戦争被害というと県内では沖縄戦のイメージが強いが、原爆の惨禍も日本人として決して忘れてはいけない歴史だ。午前8時15分、人類史上最初の原子爆弾が炸裂した。広島市のホームページによると、同年末までに約14万人が死亡したと推計される。
 今年は7月29日、放射性物質を含んだ「黒い雨」巡る広島地裁の判決があり、幅広い救済を求めた原告が全面勝訴した。広島市の松井一実市長も平和宣言で、判決に沿った国の政治的判断を求めた。
 国は爆心地から北西に長さ約19キロ、幅約11キロの範囲を「特例区域」とし、原爆投下当時、区域内にいて「黒い雨」を浴びた人が無料で健康診断を受けたり、特定の疾病にかかった場合に被爆者手帳を取得できるようにしている。だが「特例区域」外で「黒い雨」を浴びた人には非学者健康手帳が交付されず、広島県内の男女84人が広島市などを訴えていた。
 沖縄戦では県民約12万人を含む約20万人が死亡し、米軍による占領を経て現在でも広大な米軍基地の負担を余儀なくされている。広島の原爆被害も、被爆者や関係者に今なお苦しみを強いている。恒久平和に向けた取り組みにせよ、被害者の救済にせよ、沖縄と被爆地が共感や連帯できることは多い。
 沖縄の戦争被害が甚大だったことは疑うべくもないが、県民が他の都道府県の戦争被害に関してそれほど多くの知識があるとは言えない。独善的になることなく、より多くを知り、理解する努力をしたい。
 玉城デニー知事は戦後75年を記念し、広島、長崎の式典に初めて出席する予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大で欠席となった。沖縄の「慰霊の日」の6月23日に開かれた全戦没者追悼式にも広島、長崎市長を招待していたが、やはり新型コロナのために叶わなかった。被爆地と思いを一つにする貴重な機会だっただけに残念だ。
 感染を早期に収束させ、広島、長崎、沖縄が足並みをそろえて平和を希求する日を改めて実現させたい。
 長崎の平和祈念式典には原爆投下国の米国をはじめ、核保有国の英国、ロシア、フランスを含む74カ国が参列を表明した。
 だが核保有国の中でも、中国は広島の式典も含め欠席を続ける。中国メディアは戦争加害者である日本が被害者のように振る舞うべきではないと、式典の意義そのものを否定している。こうした中国政府の姿勢からすると、中国国民には、核兵器の脅威や悲劇は伝わりにくいだろう。さらには北朝鮮のように、核兵器を国威の象徴として美化する国もある。
 米国のオバマ前大統領は「核兵器のない世界」の実現を提唱し、安倍晋三首相も広島の式典で同じ理想を追求する姿勢を示した。だがこのような国際情勢では、あくまで言葉の上の理想論でしかない。
 核と隣り合わせの世界という現実をシビアに見据えながら、核保有国と渡り合い、平和を守り続ける智恵や、したたかさが求められる。

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