【金波銀波】禍福はあざなえる縄のごとし…  

禍福はあざなえる縄のごとし。禍転じて福と成す――。「コロナ禍」という言葉が定着してきたが、その背景には、禍福の発想が根強く見える◆新型コロナによって、職や大切な人が奪われた。この事態が禍(わざわい)であることは間違いない。しかし一方で、「何気ない日常の有り難さ」など、生きることに気付きを得る言葉も耳にするようになった。いずれが真実か◆中国哲学には「対待(たいたい)」という言葉がある。互いに対立しあいながらも、互いに相手の存在によりかかって存在している関係のことをいう。強弱、禍福、生死…。「禍は福の倚(よ)るところ、福は禍の伏(かく)るるところ」(『老子』)。二千年以上も前から分かっている真理である◆「先が見えない」という言葉もよく聞く。しかし先が見えないのは、何もコロナに始まったことではあるまい。生きて死ぬこと。人間にとってまず確かなことは、それである。生死ということ以外に、見える先などあるのだろうか。そのことを人は心の奥で知っている◆「コロナ禍」という言葉は、禍の渦中にあって前向きに生きんとする強さの裏返しではないか。それは禍の時代という運命との調和を図ろうとする、人間の善なる営みのように思える。(S)

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