【視点】「沖縄のシンボル」焼失の衝撃

 首里城の最初の建物は14世紀に建てられ、幾度も火災に見舞われたが、最近の最も大きな被害は沖縄戦による焼失だった。戦後、営々と復元作業が進められ、その姿は戦後復興を成し遂げてきた県民を象徴しているようでもあった。それだけに県民の嘆きは大きい。
 好調に推移している観光産業への影響も懸念される。首里城は沖縄を訪れる観光客のメッカのような存在になっており、昨年は280万人が訪れた。沖縄本島観光の目玉でもあでもあり、中核となる観光施設を失ってしまったことになる。観光関係業者は今後の観光コースの練り直しを迫られる。学校での郷土史教育にも影響が出るだろう。
 玉城知事は11月1日に首相官邸などを訪れ、政府に復元に向けた支援を要請する予定だ。県庁にも復元を求める声が続々と寄せられているという。
 沖縄本島の住民に比べれば、離島の八重山は首里城や琉球王国へのなじみは薄い。しかし小学校の修学旅行などで、子どものころに一度は必ず目にする施設であることには変わりなく、本島住民の喪失感は共有できる。離島からも支援の手を差し伸べたい。県民や国民の心を一つにして今回の悲劇を乗り越え、首里城の再建に向けた歩みを始めてほしい。
 火災の原因を徹底的に調査究明しなくてはならないのは当然だ。正殿内部から出火し、折からの風に煽られた可能性が強いようだが、これほど被害が拡大したのはなぜか。防火体制も再検証すべきだ。
 これを機に県内各地にある歴史的・文化的施設や主要な観光名所などの安全対策を改めて見直し、同様な被害の再発を防ぐことが必要だ。

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