【看脚下 -沖縄から日本を見る-】 第十九回 今回の沖縄県知事選を見ていて思うこと 島尻昇
島尻昇氏
いよいよ沖縄県知事選挙が始まった。
それについて、私なりの意見や考えを述べてみたい。
以前、私は「政治は料理と同じだと思う」と書いたことがある。
沖縄県という素材をどう生かし、どう調理していくのか。そして私たち県民は、どの料理人を選ぶのか。
一言で沖縄と言っても、沖縄は南北東西、海を挟んで広い範囲に存在する。
北は国頭から南は与那国、東には南北大東島がある。
それぞれの地域に、それぞれ特徴ある素材がある。
観光、農業、水産業、教育、医療、福祉、子育て、離島振興、基地問題、経済など、抱えている課題も多い。
それらに優先順位をつけ、どの手順で、どのように調理し、課題を解決していくのか。その手腕が問われる。
では、そのシェフ役である沖縄県知事を誰に託せば、現実の課題解決を前に進めていけるのか。
これは非常に大切な選択である。
何せ今後4年間、私たちはその料理を食べ続けなくてはならない。つまり県政が生み出した結果を、私たち県民が日々の暮らしの中で受け止めていくことになるからだ。
もちろん、誰を選ぶのかは一人一人にそれぞれの思いがある。その判断は、それぞれにお任せしたい。
そのうえで、今回の県知事選挙を前に、私自身が考えていることを述べてみたい。かなり抽象的な話になるかもしれない。的外れであればお許しいただきたい。
私たち沖縄県民は、これまでどのような思いで暮らしてきたのだろうか。
沖縄は先の大戦で甚大な被害を受けた。
戦後は日本の施政権から切り離され、米国統治下に置かれ、1972年に念願の本土復帰を果たした。
その間、日本本土は戦後復興を遂げ、高度経済成長へと向かっていった。
本土との経済格差が大きかった時代があり、そこに沖縄の苦悩や複雑な思いが生まれたことは否定できない。だからこそ政府も、復帰後、沖縄振興のためにさまざまな施策を講じてきた。
では、今の沖縄はどうだろう。
かつて、本土へ行くと、何となく沖縄出身だと言うことをためらった人も少なくなかったと思う。私自身にも、そんな感覚があった。
ところが今の若い世代を見ていると違う。「沖縄出身です」と堂々と言う。
それどころか、沖縄出身であることを誇らしげに語る若者たちもいる。
それを見ると、私は隔世の感を覚える。
沖縄は変わったのである。
だからこそ、私は考える。
沖縄戦の悲惨さを忘れてよいと言っているのではない。基地負担という現実に目をつぶれと言っているのでもない。歴史は歴史として正しく伝え、現在の問題は現在の問題として解決に向けて取り組まなければならない。
しかし、それと同時に、いつまでも「沖縄は差別されている」「沖縄は犠牲にされている」という言葉だけで、これからの沖縄を語り続けてよいのだろうか。
本土復帰から54年。沖縄はいつまで、嘆きや不平不満だけを唱えていけばよいのだろう。
日本のせい。米軍基地のせい。自衛隊のせい。誰かのせい。
もちろん、政治には責任の所在を明らかにしなければならない問題がある。
しかし私は、そろそろ「誰かのせい」だけではなく、「今、自分たちは何ができるのか」という方向へ、沖縄の意識を一歩進めてもよいのではないかと思っている。
そういえば、湘南乃風の歌に、こんな趣旨の言葉が出てくる。
誰かのせいにするのではなく、誰かのお陰だと思えたら――。
私はこの言葉が好きである。
過去を忘れることではない。
現実から目をそらすことでもない。
過去から学び、現在を直視し、そのうえで未来を自分たちの手でつくっていく。
「誰かのせい」から「誰かのお陰」へ。
そしてさらに、「自分たちには何ができるのか」へ。
私は、そんな沖縄県、そして八重山になってほしいと願っている。
今回の沖縄県知事選挙で私が見たいのも、まさにそこなのである。
誰が一番上手に不満を語るのかではない。
誰が一番上手に相手を批判するのかでもない。
誰が沖縄という素晴らしい素材を生かし、県民のために未来につながる料理をつくることができるのか。
そして私たち県民自身も、誰かに沖縄の未来をつくってもらうのではなく、自分たちもその未来をつくる一人なのだという意識を持ちたい。
「誰が沖縄を変えてくれるのか」ではない。
「私たちは、沖縄をどうしていきたいのか。」
そんなことを考えながら、私は今回の沖縄県知事選挙に臨みたいと思っている。
プロフィール
島尻昇(しまじり・のぼる)1958年6月、那覇市生まれ。日本新党沖縄代表、さきがけ沖縄代表、民主党沖縄代表などを歴任。2001年、JSL日本アカデミー理事長に就任、現在に至る。