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【視点】大震災15年 記憶新たに

2026/03/11

東日本大震災が発生した2011年3月11日は八重山住民の間にも不安が広がり、地震や津波の襲来を警戒した大勢の人たちが学校などに避難した。15年を経た今でも、当時の住民の困惑した表情を思い出せるほど、ショッキングな1日だった。

地震や津波は八重山住民にとって決して他人事ではない。1771年の「明和の大津波」はいわば民族のDNAに刻まれた惨事の記憶であり、東日本大震災で津波にのまれる建物のニュース映像を見て「240年前の八重山もこんな光景だったのか」と語る人もいた。あの日々を忘れてはいけない。

東日本大震災は、住民の防災意識を飛躍的に高めた。政治や行政も、「災害に強いまちづくり」の施策に重きを置くようになった。毎年の避難訓練や避難所の増設などの取り組みも進んだ。

だが15年という歳月が、特に若い世代の間で、大震災の記憶を徐々に歴史のかなたへ追いやりつつあるのも事実だ。

万一の事態に備え、各家庭で日頃から、どこまで話し合いができているのか。災害の際の連絡方法や落ち合う場所などは決めているか。非常食などの防災グッズは常備されているか。大事な人の命を守るため、忙しい毎日の中でも、改めて考えるゆとりを持ちたい。

自治体の防災対策は大きく進んだが、集落の高台移転など、長いスパンで考えなくてはならない課題が着実に進捗しているとは言い難い。そもそも高台移転がどこまで実行可能なのかも含め、立ち止まって考え直す時期かも知れない。

東日本大震災と他の災害を比べた際の最大の特徴は、原発事故を伴ったことだ。大震災を契機に原発に対する警戒感が高まり、太陽光や風力発電などの自然再生エネルギーの活用と「原発ゼロ」「脱原発」を正当化する風潮が主流になった時期もあった。

だが現在に至るまで、自然再生エネルギーは原発の代替エネルギーとなるには至っていない。「脱原発」が世界の潮流になっているとも言えない。

沖縄には原発がなく、この問題が議論になる機会も少ないが、大震災が日本のエネルギー政策を考える契機となったのは事実だ。原発に関する知識や技術の継承という意味からも、安全性を高めながら原発を活用していく現在の方向性は維持したい。

この15年の変化としては、与那国島、石垣島に陸上自衛隊の駐屯地が開設されたことが挙げられる。自衛隊は国防のための組織だが、災害時には人命救助や復興の大きな力になる。自衛隊の存在は防災を考える上でも、八重山住民や県民にとって大きな力であることを再認識したい。