琉球属国否定「歪曲解釈」 中国メディア批判、石井氏再反論
CGTNの放映番組から、勅書の画面(石井望氏提供)
琉球が中国の属国だった証拠として中国側が公開している古文書に対し、本紙が報じた長崎純心大の石井望准教授(尖閣史)の反論について、中国中央電視台の対外放送局(CGTN)はホームページで「歪曲解釈」と批判した。琉球が中国の属国だったことは「証明するまでもない」とする中国人学者の見解を報じているが、石井氏は再反論している。
古文書は1629年の明国皇帝詔勅原本。旅順博物館が11月末に電子公開し、中国国内で多くのメディアに掲載された。「新しい琉球国王に属国としての義務を守るよう促す内容」としている。
石井氏は12月19日本紙で、勅書にある「堵安(とあん)」という文言について「薩摩による琉球併合がすぐに安定的統治に至ったことを明の皇帝が高く評価していたことを示す内容」と反論していた。
これに対し「CGTN」は12月23日、ホームページで中国社会科学院日本研究所の孫家珅(そん・かしん)助理研究員の再反論を掲載。「堵安」と言う文言の意味は「琉球国王が薩摩に侵略された後も領土を守り、民を安んじ、明朝に対する藩属国としての義務を維持し、国内秩序の安定を回復させたことを表彰したもの。薩摩による支配を承認するものではない」と主張した。
その上で①勅書は琉球国王を冊封し、宗藩(冊封体系下の宗主国と潘属国)関係を再確認すること②琉球が外交で明清の年号を用いていたなど、当時の中国との宗藩関係は証明するまでもないものだったーとした。
石井氏は、勅書で1609年に薩摩が琉球を併合したことを「隣侮」と述べており、直後に「堵安」の文字が出ていることから「薩摩がすぐに検地を行ない、1611年に尚寧王が江戸から戻って領地を認められ、掟十五条が定められたことを指し、薩摩が支配を開始した史実は動かない」と指摘。また明は1616年と1617年に既に薩摩の支配を承認し、その上で1629年の勅書が作成された、とした。
中国の冊封体制については「中国は歴史上、内陸の突厥(とっけつ)、チベット、ウイグル、モンゴル等と戦争を繰り返し、清国ではこれら諸国を藩部という制度にした。一方、海外のポルトガル、オランダ、バチカン、琉球などに対しては武力で勝てないため、中華思想で『属国』と呼ぶに過ぎず、事実はただの外国であり、外務省(礼部)の業務とされた」と解説した。
日中関係が悪化する中、中国メディアでは沖縄が日本ではないかのような宣伝が活発化している。