「洋楽で英語教育に楽しさを」 ユニバーサルミュージック 寺嶋真悟マネージャー
洋楽を使った英語授業の一コマ=13日、豊見城市立 伊良波中学校
世界最大の音楽企業・ユニバーサルミュージックの取り組み「UM English Lab.」が、日本の英語教育に革命を起こしつつある。同社が持つ圧倒的多数の洋楽ライセンスを活用し、厳選した英語の歌を副教材として活用。
世界的な大ヒットとなった名曲を通して、英語の発音や歌詞の意味、その曲や歌う歌手の生い立ちから社会的影響までを理解できるサービスを無料・オンラインで提供している。サービス展開から1年。教員限定の提供だが、既に1560人ほどが登録し、授業に取り入れている。
■変わりつつある日本の英語教育
文法に単語の暗記、難しい言い回しの理解。学校で受けた英語の授業と言えば、ひたすら教科書と単語帳を覚えることが主だった世代も多い。「日本人だから英語が話せない」と思い込み、発音もネイティブスピーカーと全く違ってしまうため、「せっかく覚えたのに、伝わらない」と挫折してしまう人もいる。「学校で勉強しただけ。社会人になったら使わない」という人も多い。
ただ、近年の英語教育も変化しており、先進的な取り組みを学校現場が導入する事例もある。「UM English Lab.」が提供するサービスも、その先進事例の一つ。元英語教員・吉川佳佑氏と共に作り上げた。
同氏が始めた「欧米圏のポップミュージックを教材に取り入れる」というアイディアを基に、ユニバーサルミュージックが、数多くの楽曲から厳選して誰もが知る名曲を教材として提供している。ただ洋楽を聞いて歌手の発音を真似て英語力を向上させるだけではなく、思考力や判断力、表現力を磨く仕組みを取り入れたのが、このサービスの最大の魅力。
■きっかけは、コロナとアルゴリズム

取材に応じるユニバーサルミュージック・寺嶋真悟マネージャー=12日、那覇市
このサービスは、新型コロナウイルス禍によって影響を受けた同社の危機感から誕生した。「新型コロナの影響で若い人たちが洋楽を聞かなくなってしまった」と肩を落とす寺嶋氏。
2020年代前半のパンデミックで社会機能はストップ。「日本への渡航も禁止された。世界各国を回って新曲を披露する海外アーティストも来日できなくなり、新曲を出さない期間が2年ほど続いた」と寺嶋氏。2023年ごろから行動制限の解除が始まったが、アーティストと日本人ファンとの直接の交流が途切れた影響で、音楽シーンも様変わりしていた。
さらに高度に発達したインターネットのアルゴリズムも影響した。寺嶋氏は「利用者個人の趣味や好む傾向をサービス側が学習し最適化することで、逆に選択肢は狭まってしまった」と指摘する。
物心がついた時からネットがある環境で育った若い世代にとって、様々なジャンルの音楽との「偶然の出会い」は難しくなった。「今までのように多くの選択肢の中から『偶然の出会い』で素敵な洋楽に触れてほしい。アルゴリズムで出された結果だけの世界で音楽に触れるのは、もったいない」と振り返った。
■ヒントは教員の取り組み

サービス誕生の背景を語る寺嶋氏=12日、那覇市
元英語教師・吉川佳佑氏の取り組みが解決の糸口だった。「流行りの洋楽を授業に取り入れたら、学生たちからの評価が高かった」とする同氏の記事が反響を呼んだ。これまでも教員が英語の授業でカーペンターズやビートルズを取り入れた例はあったが、吉川氏は新しいアーティストの曲を使用し、生徒から人気を博していた。
同氏に連絡を取り協業を模索。音楽のプロであるユニバーサルミュージック側がサービスを構築し曲も選曲。2025年3月にサービスの提供を開始した。教員は無償で利用でき、自主性に合わせて英語の副教材として活用できる。
■世界企業だからできる新しい教育

ボブ・マーリーの楽曲を題材にした英語学習ワークシート
3月中旬、同社日本法人の洋楽マーケティングストラテジー部マネージャーの寺嶋真悟氏が来沖し、豊見城市の伊良波中学校で行われた英語の授業に参加。教員たちと共にレゲエの神様・ボブ・マーリーと、彼の名曲「Three Littile Birds」を題材に英語と洋楽の魅力を生徒たちに伝えた。
授業の前日、那覇市で取材に応じた寺嶋氏は「ボブ・マーリーの曲を授業では取り上げるが、ボブ・マーリーがどんな環境で生まれ育ったか、故郷・ジャマイカと沖縄との類似性も深堀する」と紹介。説明どおり、翌日の授業では、最初にジャマイカに関するクイズを出題。ボブ・マーリーを生んだジャマイカの魅力を生徒たちに伝えた。
ジャマイカ出身の補助教員の存在もあり、クイズは楽しく進む。気候や国旗、国土の広さ、緯度など幅広く紹介。内容のほとんどを英語で伝え、自然と英語を聞く環境をつくった。「地理的にも、政治的にも、歴史的にも、ジャマイカは沖縄と似ているので比較してほしい。さらに曲も聴いて、ボブ・マーリーが何を伝えたかったのか」と、生徒に問いかける。
前日の言葉どおり、ボブの故郷、ジャマイカの苦難の歴史や同国の社会情勢に彼が音楽を通して与えた影響なども解説。悲しい歴史を持つジャマイカが生んだ世界的なスターが残した名曲の意味と、その意義を伝える授業は、ショッキングな内容も含みつつ、曲の持つ明るさと寺嶋氏や教員たちの熱心な指導で、生徒たちを引き込んでいった。

歌詞カードを手に、楽しみながら英語に触れる生徒たち=13日、豊見城市立 伊良波中学校
ジャマイカの暗い歴史にも触れたことで、生徒たちはボブ・マーリーとその楽曲が持つ力、そして世界に与えた影響への理解をより深めた。歌詞カードを使い、正しい発音のコツを学びながら曲を練習。全員で声を合わせて歌うことで、楽曲に込められたメッセージが自然と伝わり、生徒たちは楽しみながら英語に触れた。教室には笑顔と笑い声が広がった。
■歌が生まれた背景も深掘り
授業で寺嶋氏は、中南米に位置するジャマイカが、スペインやイギリスという当時の覇権国家に搾取され、住民が虐げられた事実、アフリカ大陸から黒人奴隷が連れてこられ、サトウキビ生産などに従事させられた歴史の暗部も隠さずに伝えた。
20世紀に独立を果たしたジャマイカだったが、政党間の対立が激化。事実上の内戦状態になったことも解説した。ボブ・マーリー自身にも焦点を当て、彼が白人の父と黒人の母の間に生まれたため、いじめを受けたが、レゲエ音楽を世界に広めたことで国民的英雄になったことも紹介。

ボブ・マーリーの生涯と音楽を解説する寺嶋氏=13日、豊見城市立 伊良波中学校
内戦に巻き込まれ重傷を負いイギリスに移住したが平和コンサートを開催するためにジャマイカに戻ったことも伝えた。「コンサートに来場していた対立する政党の党首たちを壇上に呼び、握手をさせた」と当時の写真を見せながら解説。ジャマイカの内政に直接の影響を与えたとは言えないまでも、ボブと彼の歌が世界に与えた影響の大きさを生徒たちに訴えた。
続いて、名曲「Three Littile Birds」の歌詞について、深掘り。生徒たちは歌詞カードを見ながら、あえて発音しない部分や語句と語句がつながって表現されていることを学んだ。歌詞に意味について、寺嶋氏は「小鳥が出てくることで、ジャマイカの子どもたちに『心配するな』と伝えているのではないか」と解釈。女子生徒の一人は「平和になるから心配しなくて良いとメッセージを込めているのでは」と指摘した。
伊良波中学校の授業では、寺嶋氏が事前に準備し、ボブ・マーリーを取り上げたが、レディー・ガガなど現在でも活躍するアーティストを取り上げることも可能だ。今回の沖縄県豊見城の事例だけではなく、既に全国の学校で出張授業を行ってきた。
■若い世代に洋楽の魅力を伝えたい

授業後、生徒たちと笑顔で言葉を交わす寺嶋氏=13日、豊見城市立 伊良波中学校
寺嶋氏は、自身の学生時代も振り返り、「授業で先生が流してくれた曲を覚えている。アーティストが歌詞を書いた時の思いや、当時の世界情勢なども教えてもらい、今でも覚えている。それが、マイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダー」と紹介。
洋楽に関わる仕事に就いて約20年。「青春時代に先生から直接教えてもらえたのは、とても良かった」と振り返った。当時はCDを購入し音楽を楽しんだが、「今では、学校で教えてもらった曲を、すぐにインターネットで検索し、ミュージックビデオなどの動画も視聴できる」と指摘。若い世代は気軽に洋楽に触れ、英語を学べる機会に恵まれていると強調した。
洋楽の歌詞をカタカナでも表記しており、「一度、歌ってみて、英語を発音すると、『自分でも洋楽が歌えている』と成功体験になる」「自信がつけば、どんどん英語も楽しくなるので、洋楽を通して英語を身近に感じてほしい」と、サービスのさらなる展開に期待を込めた。